ログイン俺は毛布を探し、聖子は子守歌を歌う。さつきさんを寝かせるためだ。
だが、それを阻止するように、さつきさんが手を伸ばし、俺のマントを掴んできた。ぎゅっと。「う……ぁ……」「あ、さつきさん! 起きちゃダメだよ。寝てないと!」「誠二さん、岡山を通過したわ! 勿論止まらせない!」「よし、機関夫と火夫にはこのまま不眠不休で働いてもらえ!」 我ながら凄まじく無茶な命令だと思う。しかしやむを得ない。死んでも働かせる。大和魂を見せつけろ、火夫! しかし鈴子さんは強く首を振った。「でも、遠すぎるわ。関東まではもたないわ。電車は何度か乗り換えるから石炭は足りると思うけど、流石にぶっ通しで働かせたら、倒れてしまう!」「く……どうにかして交替させないとダメか!」 人間は機械ではない。無理に働かせても限界が来たら倒れてしまう。当然の摂理。 と、聖子が俺の手を握ってくる。彼女の顔は真剣そのもので、凜々しさすら伝わる。「兄者。兄者は頭がいいよね? 一高生だもん俺は毛布を探し、聖子は子守歌を歌う。さつきさんを寝かせるためだ。 だが、それを阻止するように、さつきさんが手を伸ばし、俺のマントを掴んできた。ぎゅっと。 「う……ぁ……」 「あ、さつきさん! 起きちゃダメだよ。寝てないと!」 「誠二さん、岡山を通過したわ! 勿論止まらせない!」 「よし、機関夫と火夫にはこのまま不眠不休で働いてもらえ!」 我ながら凄まじく無茶な命令だと思う。しかしやむを得ない。死んでも働かせる。大和魂を見せつけろ、火夫! しかし鈴子さんは強く首を振った。 「でも、遠すぎるわ。関東まではもたないわ。電車は何度か乗り換えるから石炭は足りると思うけど、流石にぶっ通しで働かせたら、倒れてしまう!」 「く……どうにかして交替させないとダメか!」 人間は機械ではない。無理に働かせても限界が来たら倒れてしまう。当然の摂理。 と、聖子が俺の手を握ってくる。彼女の顔は真剣そのもので、凜々しさすら伝わる。 「兄者。兄者は頭がいいよね? 一高生だもんね。この前の試験でも七位だったし」 「ん? いきなり何だ?」 「そして、体力もあるよね? そのたくましい筋肉! 素敵すぎるよ!」 「なるほど、よし、わかった。俺が火をくべる! 火夫をしばらく寝かす!」 そうだ、この手があった。俺は魂! 柔道も嗜んでいるし、体力には人一倍自信がある。今が岡山だから、十五時間くらい火をくべれば東京につくか? 楽勝だ。 俺はすっくと立ち上がり拳を震わせる。それを見て聖子がぱちぱちと拍手を。 「それでこそ兄者だよ! あたしは七岸さんのお世話をするから!」 「頼んだぞ!」 俺は元気よくそう告げると、全力疾走―― 「ま、待ってください」 しようとして、さつきさんが何故か止めに入った。 どうして寝ていてくれないんだ。多少の苛立ちが俺を襲う。依然、脳をえぐる念波はピリピリと俺たちを攻撃しているからなおさらだ。 「さつきさん! ダメだよ、寝ていて。俺たちが必ずなんとかするから。なあに、体力には自信がある。今
俺はふうと息をつき、聖子がソファに腰掛けるのを待って切り出す。 「よし、まずはこのサトラレを抑える方法を模索しよう」 一等車は二等車と違って等間隔に椅子が設置されているわけではない。まるでホテルの応接室のようにフカフカのソファにマホガニーのテーブルが円卓状置かれ、ゆるりと出来るようになっている。テーブルの上には退散する前に駅員が用意したお茶が人数分置かれていて、汽車の振動に合わせてカタカタと揺れている。 「そろそろ次の駅につくけれど、どうするの?」 「決まってる。汽車は止めさせない! そのままぶっちぎらせろ!」 「ええ、わかったわ!」 鈴子さんはそう胃って立ち上がり、機関夫の元へと駆けていった。十二単が汚れるなんて露ほども気にせずに。 俺は頭をかかえる。 「必ずあるはずだ。俺に出来ないことはない! 逆境よ吹け! 嵐となって俺を襲え! その全てを打ち砕いてやる!」 と、そこで妙案が閃く。俺はぱちんと指を鳴らす。 「よし、聖子。さつきさんを寝かせよう。起こしてるからまずいんだ!」 俺の言葉を聞き、聖子もぱちんと指を鳴らす。 「流れる石兄者! それでこそスーパーグレイテストデンジャラス兄者だよ! ねー、うりっち」 「にぃー」 うりっちは前足を突き出し、賛同の意を示すように高く高く返事するのだった。
汽車に乗り込み、さつきさんをソファに寝かせる。一等車に儲けられたフカフカのソファは大きさもあり、さつきさんを横にしても十分スペースが確保できていた。 「はぁ……はあ……うっ……く……」 (――――――――――――――――) 脳に直接届くデストラクションテレパシー。 傍で看病している俺は思わず顔をしかめてしまう。 「ぐ……なんて……悪意だっ!」 と、周囲を見るとどうやら俺だけでなく、聖子も、鈴子さんも、うりっちでさえも同様に苦しそうにうずき出していた。 どうやらこの念波、かなり広い範囲にまで届いている模様。 と、機関夫が大慌てで一等車の車両へと乗り込んできた。 「い、入地様! た、大変です。駅員にも被害が……っ!」」 「げ……そっちにまで拡散してるのか! 鈴子さん!」 「ええ、任せて! 車内にいる全駅員に通達! 必要最低限を除いて避難! さらに下車した駅員は他の駅に連絡! 東京に行くための便を除く全ての運行を停止し、ただちに全員退避! 本日は一つを除いて全て不通です!」 「は、はい!」 機関夫は頷いて一等車を飛び出した。途端、汽車は緊急停車し、駅員たちが蜘蛛の巣を散らすように退散していく。しかる後、汽車はぼーっと音を立てて運転を再開した。 「まさか……ここまで拡散するとは……」 がたんごとんと音を立てて揺れる汽車。窓から流れる景色は田舎を表象するのどかなものであるのに、冬の灰色の空と相俟って酷く不気味で陰惨なものへと感じさせる。 「誠二さん、まずいわよこれ、どんどん念波が拡散されているわ……言語にすらなってない念波。一応全員逃がしたけど……」 「助かるよ鈴子さん……。駅がガラガラだ」 どうやら連絡は上手くいったらしい。駅を通過する度にその人気の無さに驚く。勿論ノンストップで突っ切っているのだが、万が一ということもあるからな。 鈴子さんはソファに腰掛けながら、ははと苦笑い。 「私の権力の限界よ、これ」 「いや、十分だ。ありがとう」 常人にはこんなことすら絶対に出来ないからな。 元老にでも不可能
さつきさんの体、もといサトラレに異変が生じ、俺たちは急遽東京へ戻ることにした。 これは山口ではまだ研究所が関係しておらず、新聞社や雑誌社、精神科医の心に幾許かの疑いが残っている場合、すっぱ抜かれたら大変だからである。 さつきさんの将来を考えた場合、山口でコトを治めるのはどう考えても危険だった。 たとえサトラレを征伐できたとしても、彼女はそれからも何十年と生きていかなければならない。今日だけどうにかすればいいわけではない。 そう考え、俺や鈴子さんのお膝元である東京でなら情報統制もしやすいし、医療機関も充実している。山口はにぎやかな所だが、東京ほどではない。帝都とまで呼ばれるにはワケがある。 彼女から放たれている念波が周囲に拡散するリスクはあるが、それは山口にいても同じこと。むしろ人が多い方が隠しやすいのだ。 さて、以上の理由によって東京に向かうこととなったわけだが、ここに問題がある。 どうやって帰るかということだ。 まさか山口から東京まで悠長に歩いて行くわけにいかないし、自動車なんて誰も持っていない。いや、入地家もしくは市川電機本社に行けば流石にあるが、そんなもん呼び寄せる時間もない。 従って、汽車以外に帰る手段がなかった。 汽車。つまり駅を経由する。人がいる。さつきさんのサトラレが彼らを襲う。 この問題をどう解決したかというと―― 「誠二さん、一等車を貸し切ったわ」 鈴子さんの無敵の権力にあやかるしかなかった。 彼女はまず東京までの路線を独占した。さらに警察を動員し、乗客たちを強制的に追い払った。日本は法治国家ではなかったのか? という疑問すらわき起こる強権である。 とはいえ、今はそんな彼女が凄く頼もしい。 「さ、流石だね鈴子さん。取り敢えず、行こう、さつきさん」 「う……く……う……」 俺の肩に抱かれるさつきさんはまともな返事もできず、苦しそうにうめき声を出すことしか出来ないようだった。 それと同時に、声にならない謎の念波が、ちりちりと俺の脳みそを焦がしてくる。 痛い。吐き気もする。倒れそうになる。で
ともあれ、強敵だった鈴子さんとの戦いは終わった。俺たちは勝利したのだ。 「あと一歩だね、さつきさん」 さつきさんは嬉しそうにパナマ帽をあげて笑顔を見せつけてくる。 「はい、あと一歩ですね。それにしてもスカしてますね、誠二様は」 「嫌?」 「いいえ」 ああ、やっぱり彼女は素晴らしい。俺は微笑みを帰しながら、優しく囁く。 「さあ、市川家に戻ろう」 「あのクソ成金な大豪邸ですね。日本の住宅事情を考えると許せない……んっ!」 途端、さつきさんが胸を押さえながらうずくまりだした。 「え!? ど、どうしたのさつきさん!」 「う……あ……な、なに、これ……」 見える。これは――霊だ。あの時以来に見える、黒い影。それがさつきさんの背中からまるで醤油のシミのようににじみ出してくる。 「さつきさん! ん!? これは……」 だがあの時とは少し違う。影がどんどん濃く、大きくなっていくのだ。 俺は咄嗟に彼女を抱き上げる。 「祠の力、いや呪いが……さつきさん! 逃げよう!」 ――直後。 「ダメ、動けない! きゃああああああっ!」 ぐりん、と脳に異変が走った。 「遅すぎ……たの、か……?」 ひょっとしたらこんな日が来るのでは無いかと思っていた。いずれあるのではと。 でもまさか、こんなタイミングで来るとは予想もしていなかった。 それにサトラレの暴走とやらがこんな形になるなんてことも。 「あ、ああああああっ!」 (――――――――――――――) さつきさんの心の声が聞こえない。代わりに送られてくるのは――念波。 脳をえぐるような異様な痺れが、俺の中に入り込んでいく。 「な、なんだ!? 脳に洪水みたいに……っ! なんだこれ」 たまらず、頭を押さえる。いや、俺だけじゃない。 「あ、兄者!」「誠二さん!」 この場にいる全ての人が、一様に同じ姿勢を取った。なんだこれは。 「みんな! くっ! これは……っ!」
勝負を終え、鈴子さんはがっくりと膝をつく。地面に十二単の袴がついて汚れるなんて気にも留めずに。 「はは……負けちゃった」 悲しげで、でもどうしてだろうか、さっぱりとした、やりきったような、そんなある種の爽快感が彼女の表情と声から感じ取れることが出来た。 ふと、気づいたことがある。 「ねえ、鈴子さん、もしかして、あの婚約って、俺を焚きつけるためにした?」 「……なんで、そう思うの?」 顔を上げる鈴子さんの顔は晴れ晴れとして、ああ、やっぱりそうかと確信に至らせる。 「鈴子さんらしくなかった。鈴子さんは確かにわがままな子だけどね、人が嫌がることは絶対にやらない子なんだ。なのにあの時だけは俺の嫌がることを進んでした。今回も」 「…………」 その沈黙は肯定だよ、鈴子さん。俺はにこりと微笑みながらすっと手を差し伸べる。 「そうか、そうだったんだ。やっぱり鈴子さんはホンモノだよ」 「ありがと。でも、初恋だったのよ?」 「……ごめん」 「わかった。じゃあ新聞社には退散させるわね。あれ、サクラじゃないから」 鈴子さんは俺の手を取ると、にやりと少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。 その顔に戦慄を覚える。 「……コネすげえ」 やはり彼女を敵に回すのは危険だったか。我ながらよく勝てたものだ。 勇気は勝利を産むこともあるが、大抵の場合は弾けて消える。 今更ながらどくんどくんと心臓が怪しく高鳴る。 するとお父様が俺たちの元へと歩み寄り「市川くん」と優しい口調で声をかけてきた。 俺は背筋を伸ばし、お父様と向き合う。 「あ、お父様お母様。いかがでしたか?」 「……わかりました。しかしさつきは我々にとって大切な一人娘なんです」 「はい、勿論わかっています。ですのでさつきさんのサトラレがなくなり次第、ご両親の元へお返しします。ご安心ください」 遠いけれど仕方あるまい。流石に一高を辞めるわけにはいかんからな。 すると鈴子さんがちょいちょいと俺の肩をつついてくる。 「いっそ東京に引
挨拶を終えた後、俺は七岸さんを地下にある使用人部屋へと案内した。 市川家には大小十五の部屋があるが、そのうち三つが地下にある。三帖一間の小さな和室で、ここを藤高以外の使用人が使っている。 「取り敢えず七岸さんはこの部屋を使ってくれ」 俺はドアを開け、七岸さんを中へと招いた。 七岸さんはトランクを置くと、驚いたようにキョロキョロと見回す。 「個室なんですね」 「ああ、うちの使用人には一応全員個室を与えている。まあ三帖しかないけど、そこは我慢して欲しい。君、学校とかは……」 「女学校は辞めました。言わなくてもわかるでしょ
その後、部屋や制服への着替えは後回しにし、まずは他の使用人たちに紹介をすることにした。場所は同じ応接室。使用人たちを呼び寄せる形だ。 「えー、みんな、今日から奉公して貰うことになった七岸さん。さ、ご挨拶を」 「七岸さつきです。それにしても成金趣味丸出しのクソ屋敷ですね。相当甘やかされて育ってきたのでしょう。クソですね」 (キャー! どうしてこんなこと言っちゃうのよ! 若様に失礼でしょうが! ああもうこんなこと言ったら嫌われちゃうじゃない! 大事な初日なのに!) 顔を真っ赤にさせ、両手で頬を押さえながら泣き叫ぶ七岸さん。 「「「………
結果を言うなら、俺の圧勝に終わった。 「ふん、他愛もない」 「馬鹿な……」「なんだ、こいつ……」 俺はマントをばさっと翻し、駆ける。こんな雑魚どもの相手などしてられないのだ。 「さて、これはいかん。大遅刻だ。急がねば!」 とはいえこれではどう考えても間に合わない。家につくとしたら四時十五分、いや、下手したら四時半くらいになる。 ちらりと、道の端に自働電話が見えた。自働電話とは道ばたに設置されている電話のことで、お金を入れることで通話が出来るという画期的なサーヴィスである。雨宿りも出来るよう小型のボックスに包まれていて、至れり尽
師走特有の北風が夕方の空に吹きすさぶ。 学ランとマントをまとう俺の体に針のごとく突き刺さる圧倒的な寒さ。しかしそんなことを気にせず東京の街並みを全力で突き進んで行った。 家までは走って三十分。まさにギリギリだ。しかし諦めない。俺は人々の隙間を縫いながら疾駆する。 往来は夕飯時が迫っているということもあり、主婦や子供たちが談笑しながら買い物し、それに呼応するように様々な店の主人が大きな声を張り上げ、それが東京に活気をもたらしていた。 うん、つまり彼ら凄い邪魔なんですけどね。まあ仕方あるまい。この困難が俺をより一層燃えがらせ







